ずいぶんひねくれていた時期がありまして、「ありがとう」をたくさんいうとなんだかいいらしいと聞いたものの、心からありがたいと思えないことにまで「ありがとう」ということに違和感があって、ことあるごとに「ありがとう」という人たちをバカらしく思っていました。

でも、最近は些細なことにもありがたいと思えるようになり、「ありがとう」としきりに言う人の気持ちがわかる気がします。

 

先日、大体15分くらい車を運転する機会があり、その間、試しに目に入るものすべてに「ありがとう」って言ってみようと思いついて、15分間「ありがとう」って言い続けてみました。

 

2016-05-27 14.31.29

 

信号に「ありがとう」、トラックに「ありがとう」、コンビニに「ありがとう」、歩いてるおばあさんに「ありがとう」、空き家に「ありがとう」、・・・・。

で、頭がいいせいか、

脳内フル回転でありがたい理由をひとつひとつに見出そうとすることが起きました。

「(信号に)ありがとう、交差点の安全のために働いてくれて」「(トラックに)ありがとう、重いものを遠くまで運んでくれて」「(コンビニに)ありがとう、24時間空いててくれて」「(歩いているおばあさんに)ありがとう、(たぶん)ご家族のためにご飯作ってくれて」「(空き家に)ありがとう、それまでの住人を守ってくれて」

という調子で何かしら「ありがとう」に対して理由をつけようとするんです、頭が勝手に。

 

雑草や落書きやゴミになんかには、ぱっと理由が出ません。そういう時は一旦「私の知ってる次元を超えたところにある理由で、ありがたいもの」としておきます。

 

後ほどまたそれらを見たときに

「雑草を抜いた時、落書きを落とした時、ごみを拾ってその場がキレイになった時のすっきり感を味わうきっかけになってくれて、ありがとう」と、新たに理由が出てきました。目にしたものの9割5分程度、それぞれにありがたい理由がつけられましたよ。

 

誰でもそうなのか、

私の頭がいいからありがたい理由がつけられたのかは分かりませんが出逢うものすべてがありがたいものなんだなーと、しみじみ思うのでした。

 

一見、ありがたいと思えることじゃなくても、「ありがとう」と口にすることで、それがありがたくなっちゃうんですね。

 

<参考図書>

(こちらの本の中でも同じ原理のことが書かれています。)