SNSが盛んになって、目の前に人がいなくても友人・知人の言動をタイムリーに見ることができるようになりました。そのおかげで、彼らの言動や考えてることを知ることも多くなったように思います。

フェイスブック、インスタグラム、ツイッターを私は使っていますが、日常や休日のお出かけなどの楽しそうな様子に『いいね』したり、ゴージャスディナーをアップする人たちをうらやましく思ったり、過激発言してる友人にひやひやしてみたり、感情の揺れを観察しながら私はSNSと付き合っています。

ときどき、自分の考えにはないことを言ってる人や理解しがたい発想の投稿を目にしては、「何が言いたいの?この人。」なんて思ってみたりするんですよねー。

人に投げかけたい言葉を自分にも投げてみる

他人に対して「何が言いたいの?この人。」なんて思うことがありますが、そんな時は自分にもその言葉を投げかけてみます。「私は何が言いたいんだろ?」とね。

人に投げかけたい言葉を自分に向けてみると、十中八九、ドキッとします。

その人の考えを理解しようとしない、心を閉ざしてる自分や、「何が言いたいの?」なんて思っていながら自分の言いたいことは全然まとまってないことに気づくのです。

そういえば、あるクライアントさんのお悩みで「旦那が私のことをわかってくれない!」と言っていた方がいました。その時には「では、あなたはどのくらいご主人をわかっていますか?」「あなたはご主人をどのくらい理解しようとしていますか?」といった質問しました。クライアントさんは「はっ!」として、ご自身はそれほどご主人を理解しようとしてなかったことに気づきました。

また、娘が学校から帰ってきて、早々にごろごろし始め、ゲームやら漫画やら、宿題や明日の準備そっちのけで続けているときに、ついつい私は「やることやっちゃいなさい!」と言ってしまうのですが、そんなときの自分て、人のこと言ってる場合でなかったりするんですよね。LINEで友達とメッセージのやり取りに夢中で家事が遅れがちだったりしてね。苦笑いで反省。。

自分ができていないことを責めない

人に投げかけたい言葉を自分に向けてはドキッとするのですが、そんな時でも自分の不完全さを責めることは不要です。「自分を棚に上げてひとのこと言っちゃった!」と開き直って反省を。不完全さこそ、人間らしさ。人間として完全です。むやみに何かができてない自分を責めず、反省や改善すべきことには素直に向き合えばいいと思うのです。

 

<参考図書>

特典音声で「ありのままの自分が完全」という著書の言葉が印象的でした。

あれができない、これができないと嘆かなくても、自分は完全で素晴らしいんだなーって、思えています。